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🍉医学のはなし #1(前編) なぜ新千円札は北里柴三郎なの?〜病気の原因は、どうやって確かめるの?〜
2026.07.27🍉医学のはなし
私たちが当たり前だと思っている医療は、誰かが「なぜ?」と問い、何度も確かめ、少しずつ積み重ねてきたものです。
このシリーズでは、医学を変えた発見を通して、「医学はどのように進歩してきたのか」を一緒にたどっていきます。
2024年、新しい千円札の肖像が北里柴三郎になりました。
「野口英世なら知っているけれど、北里柴三郎ってどんな人?」
そう思った方も多いのではないでしょうか。
北里柴三郎は、感染症研究の発展に大きく貢献した日本の細菌学者です。
しかし、北里が残した本当に大きな功績は、一つの病気を治したことでも、一つの薬を作ったことでもありません。
「病気の原因を科学的に確かめる」という医学の考え方を前へ進めたこと。
それこそが、今も高く評価されている理由です。
では、病気の原因を「確かめる」とは、どういうことなのでしょうか。
その答えを探るために、130年以上前の医学の世界をのぞいてみましょう。
130年前、医学には大きな壁があった
今では、細菌やウイルスが病気を引き起こすことは広く知られています。
しかし、130年以上前は違いました。
顕微鏡で細菌を見ることはできても、
その細菌が本当に病気の原因なのかを確かめる方法がなかったのです。
病気の人から細菌が見つかったとしても、それだけでは原因とは言えません。
たまたまそこにいただけかもしれませんし、病気とは関係のない細菌かもしれません。
つまり、細菌が見つかっただけでは、病気の原因とは言えなかったのです。
見ることと、原因を確かめることは別の話でした。
医学では、「そう思う」だけでは十分ではありません。
本当に原因なのかを、証拠で確かめる必要があります。
ところが、その方法がまだなかったのです。
では、どうすれば原因を確かめられるのでしょうか。
本当の原因を見つけるには
何種類もの細菌が混ざったままでは、どの細菌が病気を引き起こしたのか分かりません。
そこで必要になるのが、一種類の細菌だけを取り出し、増やして調べることです。
このように、一種類の細菌だけを育てることを純培養(じゅんばいよう)と言います。
純培養ができれば、その細菌が本当に病気の原因なのかを、一つずつ確かめることができます。
ところが、純培養がうまくいかない細菌がいました。
破傷風菌です。
立ちはだかった破傷風菌
その細菌が引き起こす病気は、破傷風でした。
破傷風は、今でも命に関わることがある重い感染症です。当時はワクチンも治療法もなく、けがをきっかけに発症し、多くの人が命を落としていました。
研究者たちは、この病気の原因となる細菌を詳しく調べようとしました。
しかし、何度挑戦しても、破傷風菌をうまく培養することができませんでした。
破傷風菌は酸素のない環境でしか増えることができない「嫌気性菌(けんきせいきん)」だったのです。
当時の技術では、そのような環境を作ること自体が大きな課題でした。
この壁は、多くの研究者を長い間悩ませました。
その難問に挑むため、一人の日本人医師がドイツへ渡ります。
ベルリンで挑んだ研究
その医師こそ、北里柴三郎でした。
ベルリンでは、世界各国から集まった研究者たちが、感染症の原因を明らかにしようと研究を続けていました。
北里も、その一人として研究に加わります。
破傷風菌を育てるために必要な条件を一つひとつ丁寧に検討し、酸素のない環境で培養する方法を工夫しました。
1889年、北里は世界で初めて、破傷風菌の純培養に成功しました。
さらに、純培養した破傷風菌を用いた実験によって、破傷風菌が病気の原因であることを科学的に確かめました。
この研究は、「病気の原因を科学的に確かめる」という医学の考え方を、より確かなものへと発展させました。
130年以上たった今も
130年以上が過ぎた今でも、この考え方は変わっていません。
私たち小児科医も診察では、
「本当の原因は何だろう?」
という問いから始めます。
症状を詳しく聞き、体を診察し、必要に応じて検査を行い、その結果をもとに診断を行い、最も適した治療を選びます。
思い込みではなく、証拠を積み重ねて考える。
その姿勢は、130年以上前の研究者たちから受け継がれてきたものです。
🍉この発見が教えてくれたこと
北里柴三郎が残したものは、破傷風菌の純培養という一つの発見だけではありません。
それは、
「思い込みではなく、証拠を積み重ねて確かめる。」
という医学の根本的な姿勢です。
今では当たり前と思われている診断や治療も、こうした積み重ねの上に成り立っています。
医学は、一つの大発見だけで進歩するものではありません。
「なぜだろう」と問い、観察し、実験で確かめる。
その繰り返しが、今日の医療を支えているのです。
🍉ちょっと豆知識
北里柴三郎が師事したロベルト・コッホは、
「ある細菌が本当に病気の原因かどうかを確かめるには、どのような条件を満たせばよいのか」
という考え方をまとめました。
これがコッホの原則(コッホの四原則)です。
北里柴三郎が世界で初めて成功した破傷風菌の純培養と、その後の実験は、この原則を支える代表的な研究の一つとなりました。
現在では、ウイルスや培養が難しい微生物なども対象となり、すべての感染症にそのまま当てはまるわけではありません。
それでも、「病気の原因を科学的に確かめる」という基本的な考え方は、今も医学の大切な土台となっています。
次回予告
病気の原因を突き止める方法は分かりました。
けれど、原因が分かっただけでは命を救うことはできません。
毒を出す細菌に、体はどう立ち向かうのでしょうか。
その答えを探し続けた人物も、また北里柴三郎でした。
次回は、「血清療法」が生まれるまでの物語です。
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